私の変な質問?

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徳川家斉は種馬将軍?

 世継ぎをつくることは、将軍にとって大切な役目のひとつ。徳川家繁栄のため、歴代の将軍たちは夜な夜なセックスをした。なかでも11代将軍の家斉は、徳川家きっての性豪として知られている。家斉は15歳から55歳に至る40年間に、40人もの女性を相手に子づくりに励んだ。そのうち御台所と側室16人に、合計55人の子どもを産ませている・・・らしい
 これに対して、質素・倹約を旨とする老中・松平定信は、「宇下人言」を著し、「夜の生活を励みすぎると、身体のためにならない」と説いた。しかし、定信の忠告などどこ吹く風で、家斉はせっせと子どもをつくった。
 家斉の衰えを知らない精力の源は、ショウガだったようだ。ショウガは強精、強心の効用があり、家斉はことのほかショウガを好んで食べたという。将軍家用にショウガを栽培していた板橋宿では、その功績が認められ、ショウガ以外の年貢が免除されていたほどだ。
 将軍様もなかなかおやりになると誉めてあげたいところだが、上には上がいる。「ギネス」によると、世界で一番子どもをつくったのは、モロッコのムーレイ・イスマイル。17世紀後半から18世紀前半にかけて生きた人物で、アラウィー朝の最盛期を築いた皇帝だ。その子どもの数は、なんと888人。
 ある学者の分析では、イスマイルが10代の半ばから62歳まで現役だったと仮定すると、1日平均1.2回はセックスをした計算になるという。
 イスマイル自身は82歳まで生きたので、多少この数値が変わる可能性はあるものの、おおむね1日に1回はセックスしていたことに変わりない。毎日セックスするというのは、それはそれでなかなか大変なことだ。
 しかし、ここまでくるとつくりすぎではないか。モロッコではどうかわからないが、財政赤字に揺らぐ江戸幕府にとっては、側室や子どもに対する出費だけでもかなりの負担になったはずだ。定信が必死になって質素・倹約を進めても、将軍自らがこれでは、改革もうまくいくはずはない。子どもがこれほどの数だと、世継ぎ問題はおろか、将来設計にも気を遣わねばならず、子づくり以上の苦労があったことはいうまでもない・・・だと

(現代ならば、子どもの養育費がネックとなり、そう子どもをつくれるものではないよね。
時の権力者は、やはり馬鹿なことをしたがるものだと思ったりして・・・
で、相手をする女性は大丈夫だったのかな? ローテーションなら大丈夫か・・・)
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by sikoukairo2 | 2011-08-08 03:54 | Comments(0)