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私の変な質問?

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2008年 12月 13日 ( 1 )

エッチな宗教?

 ”セックス宗教”といわれた「真言立川流」の妖しい儀式とは・・・
「真言立川流」とは、平安時代から戦国時代にかけ、四世紀以上にわたって
日本の裏面史に妖しく輝いた”セックス宗教”である?
歴史の教科書や大河ドラマには、まったく出てこないが、歴史上、重要な意味をもつ
宗教の一つであることはまちがいない・・・らしい
 その開祖は、仁寛という真言宗の僧侶?
永久元年(1113年)、彼は罪を得て伊豆に流されたとき・・・
武蔵立川の陰陽師、見蓮に秘伝を授かったのが、その始まりとされる?
立川流という名前は、この地名に由来する・・・らしい
 鎌倉時代の後半には、文観という僧があらわれ、立川流を大成する?
当時、関東地方では、真言密教僧の9割は立川流だった時代もあると伝えられる?
 立川流の理論的根拠は、真言密教の根本経典である「理趣経」で
その冒頭には次のような一節がある・・
「妙適清浄の句、是菩薩の位なり」
「妙適」とはセックスによる恍惚とした境地のことで、ここから
「男女二根の交合は即身成仏の妙諦」という教義が生まれた?
つまり、密教で重要な意味をもつ即身成仏の境地をセックスによって得ようと
するものだった・・?
 立川流の寺院の本尊には、人間のどくろが用いられた?
そのどくろは「一に智者、二には行者、三には国王」のものがよいとされ
父や母のものをつかうこともあったという・・
 そして、僧侶や信者たちは、そのどくろのまえで、毎夜セックスをしつづけ
精液や愛液をどくろに塗りつづけた・・
そして、精液と愛液が交じりあったもので、どくろに曼荼羅を描き
真言を1000回唱えるというような儀式が行われた?
 この宗教の大成者、文観は、建武の新政を行った後醍醐天皇にも信頼され
鎌倉時代の末期、天皇は、文観に北条高時を呪殺するように命じたという?
 そのとき、文観は教義どおり、どくろの前で毎夜美女とセックスをし・・
調伏に励んだという?
 その後、後醍醐天皇の親政を倒した足利幕府によって、立川流は邪教として
弾圧され、江戸幕府からも徹底的な弾圧を受けて、その歴史はとだえた・・だと

(記事を書くだけで疲れた・・・歴史の勉強になるのか?ならないのか?・・・
セックスを宗教に利用したその発想力がすごいね
思考回路が常人とは異なっていたに違いない
もし、この宗教が現存しても信者になりたいとは思はないよ・・・)
by sikoukairo2 | 2008-12-13 06:57 | Comments(0)