私の変な質問?

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2011年 08月 09日 ( 1 )

江戸時代の性転換?

 戸籍上の性と精神的な性が一致しない場合、裁判や手術などを受けて、性転換する人がいる。今でこそこういった事例は珍しくないが、江戸時代においてはかわら版に掲載されるほどの大ニュースだった・・・らしい
 1855(安政2)年の江戸の牛込のかわら版によると、15歳のおさとという女性は、いつの間にか膣がふさがってしまい、ペニスが生えてきたという。そこで豊吉という名に改めて、以後、男性として過ごした。
 また、滝沢馬琴の「兎園小説余禄」には、妻が銭湯で大陰唇のなかに小さなペニスがある幼児を目撃したという記述があり、奉行として活躍した根岸鎮衛(ねぎしやすもり)の見聞録「耳嚢(みみぶくろ)」には女性に変身して出産までした小姓の話が載っている。
 こうしてみると、江戸時代の性転換というのは、現代のように手術によって転換されたものではなく、自然の生理で変わっていったもののようである。はたして、このようなことが起こりうるのだろうか?
 生物学的にいうと、こうした現象は十分に考えられる。通常、人間は生まれた後、男女どちらかに分化していく。男の子なら睾丸が、女の子なら卵巣が発達し、それに合わせて性器も形づくられていく。しかし、そうした分化の途中で何らかの異常が起こると、分化がきちんと行われずに、両方の性質を持つ半陰陽となることがある。半陰陽には、どちらの性器も同じように持っている真性半陰陽、女性器もあるが、どちらかといえば男性性器が未発達な男性仮性半陰陽、陰核が肥大して陰唇が癒着してしまい、女性器の未発達な女性仮性半陰陽とに分かれる。
 たとえば、半陰陽の男児の場合は、生まれたときに男性器が見えないことが多く、そのため女の子として社会生活を送らせられることになる。ちころが、思春期を迎える頃になると、男性器が発達してきて外見的にも男性になる。
 現代のように医術が発達していなかった江戸時代には、こうした現象が珍しがられて記録として残されてきたのであろう。江戸時代だけが特別に半陰陽のひとが多かったわけではない・・・だと

(現代では半陰陽と判断される人はどのくらいいるのだろう? そしてどのような生活をしているのだろう? やはり、性生活では支障があるのだろうか?
肉体的には問題がなくても、脳の性別が異なる性同一性障害の人もいるようだし・・・
で、江戸時代に変身すると大ニュース、現代の変身人口は多すぎてニュースにもならないようだ
いったいどのくらいの人が変身や変身願望を持っているのだろう?)
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by sikoukairo2 | 2011-08-09 01:53 | Comments(0)