私の変な質問?

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風俗店のスカウトマンって、どれくらい稼げる?

 女のコが風俗店に”就職”するルートは、大きく分けて二つある。求人誌などを見て自分で応募する場合と、街角でスカウトされる場合だ。
 総じて自分で応募するよりも、スカウトされたほうがギャラは高くなる。そこで、風俗で働きたい女のコには、スカウトマンが大勢集まっている新宿や渋谷、六本木といった繁華街を歩きながら、スカウトされるのを待つ人もいる・・・らしい
 スカウトマンとしても、別の風俗店で働いているコを引き抜くと、その後なにかと面倒が起きやすい。それよりも、街頭を歩いているコをスカウトしたほうが話しは簡単だ。そこで、そこそこのルックスのコを見つけては、「いい仕事があるんだけど」と声をかけるのである。
 いいコを集められるかどうかは、ひとえにスカウトマンの腕にかかっている。それだけに、スカウトマンのギャラはけっして安くはない。一人の女のコのスカウトに成功すれば、最低でも3万円はもらえる。ランクの高いコなら、10万円くらいになることもあるろいう。
 もちろん、スカウトできなければ、ギャラは雀の涙ほどの固定給だけ。しかし、当世、風俗店で働きたがる女のコはけっこう多い。出会う女のコに手当たりしだい声をかけていくと、OKするコはけっこういるのだ。
 100人に声をかければ、3人はOKさせるという腕ききのスカウトマンもいて、彼の場合、1ヶ月で60万円は稼ぐという。
 もっともスカウトマンには、女のコをその気にさせるトークやルックスが必要になる。
 さらにスカウト後には、女のコの悩みや相談を聞くという仕事もある。稼ぐためには、やはりそれなりの腕と気配りが必要だ・・・だと

(巣ごもり気味な私には、風俗嬢・スカウトマンどちらも縁がないし、想像もつかない職業だね
風俗にスカウトされるのを待つ女のコがいるという事実には少し驚いたけど
で、風俗に就職は簡単そうだけど、退職はどうなんだろう?簡単にやめることができるの?)
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by sikoukairo2 | 2010-06-30 03:10 | Comments(0)

なぜ風俗嬢は、年中カゼをひいているの?

 なじみの風俗店へ行って、気に入ったコを指名すると、「すみませんねえ。〇〇ちゃんは、今日はカゼでお休みなんですよ」と断られることがある。こんな断り文句がつづくと、「あのコは、オレをいやがっているのじゃないか」と勘ぐりたくもなるものだ。
 だが、この言葉、その場しのぎの言い訳のようであって、案外、事実ということも考えられる。じつは、風俗嬢はひどくカゼをひきやすい・・・らしい
 なにしろ、彼女たちの仕事着は、下着だけかもしくは全裸である。「今日はカゼ気味だから」と、厚手のセーターを着るわけにはいかない。
 しかも、風俗店はたいてい、窓もないビルのなかにある。風通しは悪く、太陽の光は一日中射し込まない。カゼのウイルスが繁殖するには絶好の環境であり、少しでも疲れているとたちまちカゼをひいてしまうのだ。
 さらに、風俗嬢の収入は出来高に比例するから、休めばもちろん収入はゼロになる。そこで、少々カゼ気味でも無理して出勤し、全裸でがんばれば、いよいよカゼをこじらせることになる。
 そのうえ、昼はOL・学生、夜は風俗嬢というコも少なくないから、一日中体を休められないわけで、いったんカゼをひくとなかなか治らない。
 一人がカゼをひくと、3日もすればほとんどのコにうつるという。そんなわけで風俗嬢には、年中カゼをひいているコが少なくない・・・だと

(風俗嬢って、案外過酷な職業なんだね・・・
それに比べ私は、のほほんで気ままな生活だぉ
だからブログが続くのかなぁ?
で、今はキャミとショーツのみ、風俗嬢みたいかな?)
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by sikoukairo2 | 2010-06-29 03:35 | Comments(0)

「膣」という漢字の意外な成り立ちとは

 漢字はいうまでもなく、中国からきた文字。ところが、なかには中国には存在しない、日本人がつくった和製漢字もある。身近な漢字では「峠」や「畑」などがそうで、「膣」という漢字も和製・・・らしい
 この文字ができたのは、江戸時代のこと。その成立事情はきわめて学術的である。
 日本初の医学の翻訳書は「解体新書」であり、この本によって日本の西洋医学に関する知識は大きく広がることになる。ところがこの本の原書を翻訳するときには、大きな課題があった。原書で使われているオランダ語を、適切にあらわす日本語がない場合が多々あり、女性器もその一つだった。
 そこで、「解体新書」を著した杉田玄白、前野良沢の弟子である大槻玄沢が、その不備を補う「重訂解体新書」を出すとき、「膣」という文字をつくったのである。
 この本には、ヴァギナに「膣」という文字を当てた理由も書かれている。オランダ語ではハギナというが、本来の意味は「鞘」である。「鞘」と訳したのでは意味が通じにくいので、新字をつくって「ちつ」と読ませることにしたというのだ。
 このとき、肉月を用いたのは、「肉でできた室」という意味をつけるためだという。オランダ人は、ペニスを納める女性器を鞘にたとえ、玄沢は肉の部屋と考えたというわけ・・・だと

(和製漢字については、私よりも読者のほうが詳しいのでは?、と思う
医学のために真面目に考え出された漢字であったのには少し以外だったけど
で、もし発想が違っていたら、別の漢字になっていたかもしれないゾ
うふふ・・・)
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by sikoukairo2 | 2010-06-28 03:17 | Comments(4)

「接吻」って誰がつくった言葉?

 「接吻(せっぷん)」という言葉が生まれたのは、江戸時代のことである。オランダ語の辞書「道訳法爾馬(ドワーフハルマ)」によると、キスを意味する単語の訳語として、この言葉がつくられた。「吻」とは「口先」のことで、吻同士を接するから「接吻」という・・・らしい
 この言葉をつくったのは、長崎出島のオランダ語の通訳使。通訳使がH・ドゥーフというオランダ人の意向を受けて「道訳法爾馬」をつくったとき、この言葉がつくられた。ただし、そのときは「せっぷん」とは読まず、「あまくち」とふりがながふられている。「あまくち」は当時の長崎の方言だったようだ。
 これを「せっぷん」と読むようになるのは、明治に入ってから。明治4年に刊行された「薩摩辞書」と呼ばれる和英辞典のなかで、「接吻」のルビに「せっぷん」と添えられている。もっとも当時、口づけのことを「接吻」という人は少なかった。中国では、キスのことを「親嘴」とか「啜面」などと訳したが、日本人も、むしろそちらを使う人が多いくらいだった。
 ちなみに「接吻」という言葉ができる前、口づけのことをどう表現していたかというと、古代から「口すい」と呼ばれていた。江戸時代になると「口つけ」という言い方が登場し、明治になってこれが「口づけ」に変わった・・・だと

(どの言葉もいまいち重く感じてしまうなぁ
あいさつ程度の軽いキスがフレンチキスだから、口つけ
舌をからませるディープキスは、口すいでどうだろう
犬のように顔中なめ回されるのも困るけど
で、やはりキッスがベストかな?)
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by sikoukairo2 | 2010-06-27 02:17 | Comments(0)

「セックス」という言葉の意外な語源とは

 セックスとはむろん、「性」や「性器の結合」を意味するわけだが、その語源は、ラテン語の「分ける」という意味をもつ言葉に由来するという説が有力・・・らしい
 昔、「愛」とは、はるか昔に分かれた自分の半身を探し求める行為と考えられていた。原始時代の人間には男女の区別はなく、一つの性しかなかった。それを神が、男と女という二つの性に分けてしまった。この失われた半身を求めて地上をさまよい歩く運命を、人間はになわされたという考え方である。
 こういった考えに基づき、「分ける」という意味の言葉が、「性」や「性交」を意味するようになったのだ。男も女もそれだけでは一人前ではない。相手と結びついて、はじめて完成する。セックスという言葉には、そんな哲学的な意味がひそんでいるのである・・・だと

(宗教的な考え方みたいだね、生物学ではありえない現象だろう・・・たぶん
で、独身、のほほんな一人暮らし、無宗教な私・・・)
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by sikoukairo2 | 2010-06-26 04:26 | Comments(0)

梅毒はヨーロッパから日本まで、何年で伝染した?

 15世紀後半、ヨーロッパは大航海時代を迎えた。1492年にはコロンブスが新大陸に到達。タバコをはじめとして、さまざまな文物をヨーロッパにもち帰った。
 その一つに「梅毒」があった。コロンブス船隊が翌年、ヨーロッパに戻るとともに、梅毒の流行がはじまったのだ。
 そして翌年の1493年、イタリアのナポリに侵入したシャルル8世の軍勢が、梅毒という難敵と遭遇することになった。その兵士、傭兵らがそれぞれ本国に梅毒をもち帰り、ヨーロッパ全土に伝染することになった。
 そして、1498年、ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマの船隊が、喜望峰を回って、インドのカリカットに到達し、インド航路を開いた。そのときに、梅毒もアジアにもち込まれたと見られている。
 日本に伝わったのは、そのわずか14年後の1512年のこと。当時、倭寇(わこう)と呼ばれ、中国沿岸を荒らし回っていた海賊たちが中国の港町で感染、日本にもち込んだものと見られている。その翌年には、すでに梅毒は日本で大流行したという記録が残っている・・・らしい
 ヨーロッパ上陸から20年弱、梅毒は鉄砲よりもキリスト教よりも早く、日本に伝わったわけだ。そのため戦国時代には、梅毒で命を落としたと思われる武将が少なくないといわれる。
 また、突然性格が一変して残虐になるなど、脳梅毒の影響があったとみられる武将も数多くいる・・・だと

(昔、黒死病といわれたペストのような細菌感染や、インフルエンザのようなウイルス感染
性病も含め、感染対策が不十分な時代に世界に広がった病気で命を落とした多くの人たちに合掌
そもそも、病気を広めたのは人間だし、病気の存在や感染に対する知識の無さも有りだけど・・・
性病感染は安易にセックスをした結果の付録、自業自得かなぁ?
で、突然性欲が増す病気もあるのかな? セックス依存症とは別に性的欲求増大症候群みたいな)
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by sikoukairo2 | 2010-06-25 03:54 | Comments(0)

気絶者続出!宦官たちの悶絶去勢法とは

 かつて、中国の宮廷には、「宦官(かんがん)」と呼ばれる人たちが仕えていた。ペニスと睾丸を切り落として、男子禁制の後宮に出入りを許された人たちである。
 しかし、麻酔のない時代、どうやって去勢手術を行ったのだろうか。以下は、いまから100年ほど前、中国を取材したイギリスの研究家が紹介した去勢方法だ。すさまじい方法なので、気の弱い男性は読まないほうがいいかもしれない・・・らしい
 まず手術の数日前から、尿がたまらないように水分の摂取をひかえる。そして手術当日、去勢手術の専門家を訪ね、利尿剤(むろん漢方薬)で膀胱をすっかり空にしておく。
 そして横たわって、包帯で下腹部と股をきつく縛りつけ、天井から吊られた滑車でペニスと睾丸を引っ張り上げる。次に痛み止めになる熱い胡椒湯で丁寧に拭き、そして鎌のような湾曲した刃物で、一気に切り落とすのだ。
 その後、尿道がふさがるのを防ぐため、尿道に錫と鉛の合金の針をさし込み、紙で傷口を包んでおく。
 手術後は、収縮した筋肉をほぐすため、助手に抱えられて2~3時間室内を歩き回る。その後3日間は、尿道に針をさしたままの状態で過ごし、この間は水も食べ物もいっさい口にしない。そして3日後に尿道から針を引き抜いたとき、噴水のように尿が噴き出せば、手術は成功というわけだ。
 なんとも乱暴なやり方だが、これで死ぬ人は数パーセント以下だったというから、経験的には完成した方法だったのだろう。ただし痛みは強烈であり、切り落とされる瞬間、大半の人は気絶したそうだ・・・だと

(そもそも、好き好んで去勢手術をしたいと思う人がいたのだろうか?
その時点で男を廃業するわけだから、それ以上のメリットがあったのかな?
命がけの痛みなんて、想像すらできないし・・・
で、トイレは立ってするの?)
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by sikoukairo2 | 2010-06-24 01:20 | Comments(2)

生理用品のない時代、女性たちはどうしていた?

 スーパーの生理用品コーナーへ行くと、いろいろなメーカーのナプキンやタンポンが並んでいる。しかし、生理用品が大量生産されはじめたのは、今世紀になってからの話。むろん、太古の昔から女性には生理があったわけで、昔の女性たちは生理のときどうしていたのだろうか?
 資料からわかっているかぎりでも、すでに紀元前3000年には、タンポン様のものが使用されていた。女性のミイラの膣から、木の皮の繊維や麻の詰め物が発見されている。それが、タンポンだったと考えられるのだ。下着をはく習慣のなかった当時は、ナプキンを当てられず、詰め物をするしかなかったのだろう。
 ナプキン様のものがあらわれるのは、古代ローマ時代である。女性は生理時には、ウールか麻の布を当てたという記録が残っている。その上から布か羊の皮でつくった月経帯を当て、ナプキンを押さえていたようだ。タンポンも使われていて、こちらはやわらかい獣の毛でつくられていた・・・らしい
 ナプキンが市販されはじめたのは、20世紀に入ってからのこと。1912年、アメリカで「コーテックス」というナプキンが発売されて以降のことである。これは、包帯用の繊維が血液をよく吸収することに気づいた看護婦たちが考案したもので、その使い勝手のよさから大ヒット商品となった。
 以降、さまざまなハイテク素材が開発され、ナプキン、タンポンの性能は飛躍的に向上してきた・・・だと

(生理中はユウウツだけど、定期的に訪れないと困るもの、まるで謎掛けみたいだね
生理中も極普通に日常生活を送れるのは、便利になった生理用品のおかげ
テレビで生理用品のCMが流されるようになったのも近年からのようだ
で、男性が購入するには躊躇する商品かもしれないけど・・・
切れ痔の男性の一部は、ナプキンやタンポンを使用しているようだ
意外と軽失禁の男性もナプキンの愛用者だったりして・・・)
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by sikoukairo2 | 2010-06-23 03:04 | Comments(0)

パンティーがこんなに小さくなった、もっともなワケ?

 女性のパンティーをはじめて見たとき、そのあまりの小ささに驚いた男性もいるだろう。生地の量は申し訳程度で、それで下着としてちゃんと機能しているのか、心配になるくらいだ。寒い日など、お腹が冷えないかとも案じられる?
 もっとも、パンティーは昔から小さかったわけではない。わが国におけるパンティーの歴史は、洋装の歴史とほぼ重なる・・・らしい
 まず、太平洋戦争がはじまるまで、和服を着ることが多かった日本女性の多くは、腰巻の下にはなにもはいていなかった。それが、戦争中のモンペ姿、また戦後、洋装が普及するとともにズロースをはく人が急増した。
 当時のズロースは、現在のパンティーよりもずっと大きく、お尻もお腹もちゃんと隠れる程度の大きさはあった。
 それがいまのように小さくなったのは、下着メーカーが布代をケチって原価を抑えたわけではない。消費者のほうが、より小さなパンティーの登場を望んだのだ。
 「ズロースは、オバサンくさくてイヤ。小さなパンティーのほうが、セクシーでオシャレ」だと、多くの女性が感じたのだ。男性にしても、布でおおう部分は少ないにこしたことはないだろう。
 では今後、パンティーはさらに極小化していくかというと、これはそうとも言えない。パンティーには、防寒や局部を清潔に保つという目的以外に、ヒップの形を整えるという役割がある。
 とくに近年、この機能を求める女性が増えている。ヒップの形をきれいに見せたい女性にとっては、パンティーがお尻をしっかり包み込む必要がある。そのためには、ある程度の大きさが必要だ。
 じっさい、ヒップアップ効果をうたう機能性パンティーは、デザイン重視のパンティーと比べて、総じて大きめにつくられている。
 ただし、こうした機能性パンティーはオシャレでないという自覚も、女性にはある。そこで、今夜は彼氏とデートというときは、より面積の狭い”勝負パンツ”をはくことになるわけだ・・・だと

(世の中には、腰巻やズロースに魅力を感じる男性が存在するのかもしれない
一方、Tバックの面積は極小だけど下着のラインを隠すというメリットもある
男性は、よりセクシーな下着にそそられるのかな?
私もTバックをはくことがあるけど、頻度は少ないゾ
昼間は補整系の下着、夜は面積が小さくても加圧を感じない下着とか・・・
人に見せるわけでもないのに、どの下着にしようかと選ぶのも、ささやかなオシャレかな?)
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by sikoukairo2 | 2010-06-22 04:27 | Comments(0)

「ミロのビーナス」のアソコはなぜツルツルなの?

 ルーブル美術館の「ミロのビーナス」は、古代ギリシャ美術の傑作中の傑作。その豊満で均整のとれた体は、女性美のシンボルともいわれ、世界中の人たちを魅了しつづけてきた。
 ただ、このミロのビーナス像を観察すると、奇妙なことに気づく。あれだけ写実的につくられたビーナス像にもかかわらず、なぜかアンダーヘアが彫られていないのである。
 ビーナス像にかぎらず、ギリシャ彫刻のどれを見ても、女性の裸像にはヘアが彫られていない。同じ裸像でも、男性ではヘアが彫られているものもあるのに、なぜ女性像にはヘアがないのだろうか?
 これには、古代ギリシャ人の美意識が関係している。古代ギリシャ人たちは、美人の条件として、顔やプロポーションと並び、下半身の”丘”にも美しさを求めたのだ。ヌードというと、とかく胸や腰、ヒップなどに目が行きがちだが、古代ギリシャ人たちの鋭い美意識は、ほかの部分にも美を感じとっていたのである。
 そのため、恥丘を隠すヘアは邪魔ものであり、ツルツルの状態がベストとされていたのである。
 じっさい、古代ギリシャの女性たちは、恥丘の手入れを怠らず、こまめにヘアを剃っていたという。生身の女性にヘアがなかったのだから、その姿を写しとった彫刻にもヘアがないのは当然というわけだ・・・だと

(当時は剃毛が常識だったということ?今でも剃毛を好む男性が存在するようだけど・・・
恥丘への美意識って、なんだろう? いまでいうモリマンのこと?
美術品の鑑賞に不慣れだから、自分なりの答えを出せないなぁ
で、気になるのはツルツルの仕掛け人は剃毛マニアだったかも・・・)
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by sikoukairo2 | 2010-06-21 01:53 | Comments(2)