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私の変な質問?

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お知らせ

 昨日までの記事は、KAWADE夢文庫、博学こだわり倶楽部「編」
かなりHな雑学王 より紹介してきました。
 本日は、記事ネタ切れです。ここで読者の皆様にお礼を申し上げます。
紳士な読者様のおかげで、マイペースで記事更新を続けることができました。
今後、新たな記事ネタがみつかりしだい再開することをお約束して、少々のお休みをいただきます。

 どこかの書店や古本屋で、それらしき本を探している最中で・・・
パーカーワンピ・レギンス・ストレートロングヘアの女性を見かけたら、それは私かもしれません。
暖かい目で見守ってくださいまし・・・
by sikoukairo2 | 2011-04-06 03:43 | Comments(0)

「おはぐろ」に込められたエッチな意味とは?

 時代劇をみていると、歯が真っ黒な女性が登場して驚くことがあるものだ。彼女たちの歯に塗られているのは「おはぐろ」と呼ばれたもの。鉄片を茶や米のとぎ汁に入れ、これに五倍子(ふし)と呼ばれる液を合わせてつくられた・・・らしい
 この習慣も、「おはぐろ」と呼ばれ、既婚女性をあらわす印として用いられたが、おはぐろが意味したのは、それだけではなかった。じつは「今日はセックスできます」という意味もこめられていたのだ。
 江戸時代の女性は、生理や妊娠中でセックスできないときは、既婚であっても、おはぐろをつけなかった。逆に、おはぐろをしていれば、「今日は大丈夫」という意味になったわけだ。
 ほかにも、おはぐろには、セックスと結びつけて考えられるケースがあった。
 たとえば遊里(ゆうり)では、見習いの禿(かむろ)が女郎になるとき、先輩女郎が得意先から集めたお金でおはぐろを買い、歯に塗ってやるという儀式が行われていた。
 そうして、外見を変えて、禿がお客を取れるようになったことをお客に知らせたのだ。
 また、民間伝承には「褌をはずした男性に、おはぐろ壺をまたいでもらうと、歯がきれいに染まる」という言い伝えがあった。
 そこで、下女あたりがおはぐろをつけていると、下男らが「おはぐろ壺をまたいでやろう」といって褌をはずし、からかうといった光景がよくみられた。
 逆に、周囲に男が少ない御殿女中らは、無理やり下男の褌をはずし、おはぐろ壺をまたがせることもあったという・・・だと

(食事のとき海苔が歯について、おはぐろ状態になったイメージが湧いてきた・・・
どう考えても見た目が好いものではないよね、他の色が無かったのかな?
で、他のセックスアピールとかなかったのかなぁ?)
by sikoukairo2 | 2011-04-05 04:24 | Comments(0)

江戸遊女の涙ぐましいダイエットと美容術?

 お客から人気があってナンボの江戸遊女の世界。セックステクニックはもちろん、容貌が優れていることも、人気が出る重要な条件だった。
 現代の美女の条件のひとつにスリムなことがあるが、江戸時代も程度の差はあれ、人気があったのは細面で柳腰の女性。遊女もとうぜん、そんなスタイルの持ち主が人気を集めた。
 スリムな体形になるため、現代の女性は食事制限と運動に励んでいるわけだが、江戸遊女のダイエット法はもっとスゴイものだった・・・らしい
 1日2食という食事制限に加え、子供のころから、指には金筒をはめ、足には革の足袋をはいたまま寝て、手足が太くならないようにしていたのだ。いわば、中国の纏足の”江戸遊女版”だ。
 さらには、肌がきれいになるように顔を湯気で蒸し、体は糠袋で洗い、髪はつやを出すため、さねかずらの汁でといだ。いくら細くても、肌がガサガサ、髪がゴワゴワでは興ざめだ。そのあたりも、抜かりがなかったというわけだ。
 これらは、井原西鶴の「好色一代男」に記されている話。
 京の遊女について「少女の時よりうるはしきを、かほはゆげにむしたて、手に指をかねにささせ、足には革踏はかせながら寝させて、髪はさねかずらの雫にすきなし、身はあらひ粉絶やさず、二度の喰物」と江戸時代随一の戯作者は記している・・・だと

(いくら綺麗になるといっても、過度の美容術を駆使した生活で満足できたのだろうか?
それに、子供のころから将来は遊女と決められるのも恐ろしいことだよ
で、今更試してみても、効果は期待できないかな?)
by sikoukairo2 | 2011-04-04 03:45 | Comments(0)

わいせつ文書第1号「H大佐夫人」のわいせつ度は?

 刑法175条は、わいせつな文書や図画などの頒布や売買を禁じている。違反した者は、懲役または罰金、もしくは科料刑に処せられる。この175条に反したとして、戦後初めて罪に問われた小説が、北川千代三の「H大佐夫人」である・・・らしい
 昭和21年12月に発行された「猟奇」第2号に連載されたもので、徴兵逃れの少年がH大佐のもとに寄宿し、そこで大佐夫人が入浴しているところを覗きみたり、夫人とセックスするといった内容だ。
 たとえば、少年が夫人の入浴を覗く場面では、次のように描かれている。
「引き締まった弾力性のある胸の辺りには、半円形の乳房が微かな鼓動をみせて、うずくやうな誘惑を湛へてゐるではありませんか、而も、そのふたつの乳房から腹部のあたりへかけての起伏の滑らかさは湯に濡れて立ったがため一段と艶をみせるのです」
 いまからみると「どこがワイセツなの?」と首を傾げたくなるようなソフトな描写だが、当時の警察は、この程度の描写すら取り締まりの対象と判断したのだ。
 もっとも、北川が受けた刑罰は、罰金250円というもの。当時、教員の初任給が400円ほどだったから、世間を騒がせたわりには、さほど大きな罪ではなかった・・・だと

(当時、私のブログが存在していたら・・・逮捕されたのかな?
で、現代ではワイセツの度合いがどの程度なら逮捕されるのだろう?
以外にもワイセツブログ第1号で捕まったりして・・・)
by sikoukairo2 | 2011-04-03 03:50 | Comments(0)

渋谷警察署が出動した”金玉坂”歩道橋事件?

 東京・渋谷区にある青山通りを渋谷から青山方面に向かう途中に、一部から「金玉坂歩道橋」と呼ばれる歩道橋がある・・・らしい
 なんともチン妙な名前だが、正式には「金王坂(こんのうざか)歩道橋」。それが「金玉坂」などと呼ばれるようになった時期は、はっきりしている。昭和60年12月のことである。
 この坂の歩道橋の橋桁には「金王坂」と書かれていたのだが、その日、どこかのイタズラ者が「王」の文字右側に四角い黒のステッカーを張り、「玉」に変えてしまったのだ。
 渋谷警察署に最初に通報があったのが12月8,9日ごろというから、そのころ”金玉坂歩道橋”が誕生したとみていい。
 ステッカーは、ちょっと手を伸ばしただけでは届かない位置にあった。イタズラに気づいた警察もすぐには剥がさず、大勢のドライバーの目にするところとなった。
 そのため、”金玉坂歩道橋”は、すっかり有名になってしまい、やがてそう呼ぶ人が増えることになった・・・だと

(あはははは・・・・なんともチン事件だね、でも、世の中にはオリジナルでも紛らわしいとか、変な名前の場所があるようだね。
沖縄だったかな?「オマン湖」とかいう湖があるらしい・・・マップなどで偶然変な名前の場所をみつけて喜んだりして・・・とっても変な私・・・)
by sikoukairo2 | 2011-04-02 04:34 | Comments(0)

有名人たちの勇気ある発言、大丈夫?

 子供同士で「キン○マ」「おマ○コ」などと口にするのは、よくある話。だが、大の男、それも著名人が公の場で述べるとなると、めったにある話ではない。
 そんなめったにないことを、やった人たちがいる。ひとりは、70年代に参議院の名議長と呼ばれた河野謙三。彼は議長時代、政治家について「国民の後手に回るようで何ができるか。後ろからみえるのはネコのキン○マだけであります」と国会で発言した。議事録にもきちんと残っているので、キン○マは”国会禁止用語”ではなさそうだ。
 俳人の楠本憲吉も、講演会で「それはイカのキン○マ」と、やはり”キン○マ発言”を行った。よりによって女子高校での講演だったので、先生たちは顔をしかめたが、女子高生たちは大喜びだったとか。
 また、作家の梶山季之は松山で行われた講演会で、壇上に立つなり「人生はおマ○コであります。おわり」といって、そのまま講演を終わらせてしまった。これは、前日からずっと飲みつづけで何を話していいかわからず、苦しまぎれにいったものらしい。また、そういう賭けをしていたとうい説もある・・・だと

(私のブログも下ネタ記事ばかりだけど、不特定多数の人が閲覧しているのに
いまのところ大丈夫のようだ・・・
イエローカードやレッドカードが出たら、どうすればいいのかな?
その前に記事ネタが尽きるかも・・・)
by sikoukairo2 | 2011-04-01 04:23 | Comments(0)